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大きな山ヲ越えて

母から相続の手続きの色々な書類が送られてきた。先月の半ば過ぎだった。

便箋二枚の手紙が添えられていたが、筆跡は弱々しく、乱れていた。


『友人は、身寄りのない数名です。』


『今、一人になって来し方を振り返ると、失敗ばかりの人生です。子育ても寄り添えず、申し訳ありませんでした。』


とあった。


終始、自分語りの手紙。


昔から、ずーっと母が散々口汚く悪口を言い尽くしていたひと。



そんなひとから、嘘を言って励ましてもらっている。
そんな資格があるのだろうか…??


人生ってそんな甘いもの?
















何十年もに渡って、筆舌に尽くし難いほどの酷い悪口を言っていたひとに、今は、助けられて、お惣菜をもらって、「涙が出るほどうれしかった」とはこれいかに…。










毒母は、最近、ダダの携帯にちょこちょこ電話してくるそうだ。年金や、保険などの手続き全てをダダがしているそうだ。弟とも大げんか状態だそうだ。これは、悲劇だなぁ。






もう忘れましょうよ。お互い。






一番最後に話した時に私は母に聞いてみた。


『自分のこと好き?』


『大好き』






少し、オーバーアクションに、抑揚をつけて言った『大好き』は、まるで幼稚園の学芸会のセリフの様だった。ああ、この人は、救われない…そう思った。


子供を虐待するような人は、自分に絶望しているのだ。誰とも上手くいかないひとりぼっちの自分が嫌いで嫌で仕方がないのだ。それを自覚したら、上手く回っていくはず。けれど、彼女は、自分のことを『好き』だという。それは、自分に嘘をついているのです。もしくは、自分の本当の感情が分からないのです。


『私はこんな自分が本当は嫌い…』というならば、少し希望があると思ったが、自分の心にさえ嘘をつき続けるこの人は、絶対に立ち直ることはないだろうと思いました。






関わったら、私の人生がめちゃくちゃになる。


もうこれでおしまいにさせてもらう。自分の機嫌は自分でとってくれ。


彼女の父への介護の様子を長く見させてもらって、もうこの人は、無理だ、ダメだ、私とは違うと、よーーーく分かったのだ。


ありもしない花を山の中を半狂乱になって探し続けた私の人生。草をかき分けかき分け血眼になって休みなく探したけれど、どこにも花なんて咲いてはいなかった。藪の中、汚いものもたくさん見てきた。怖い思いもたくさんした。


でも、私は、恨んでもいないし、嫌いでもない。あなたの存在は、私の中では、もう無い。無だ。


なんとも、馬鹿らしい無駄な努力を長いことしてきたのか…。


仕方がない、こんな人生です。


仕方がないんです。これで精一杯の生き方だったから。






今、ようやく大きく息を吸って、吐いて、そうして手足を伸ばして生きている。


Dahliaさん、55歳である。






先日、相続が終わり、私の中で、全てが終わった。


「花」は自分の中にある、そう気がついた。
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ダリア

Author:ダリア
可愛くない私を、嫌々育てた母。仕事第一の父。そして溺愛された弟。病んでいく私。
ネグレクト、被虐待児のいく末です。

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