2020/07/06
ラーメン屋土下座事件
「謝れ」恐ろしいほどの冷たい私の低い声。
父の点滴を待つ間の母の言動に、私は情けないやら、馬鹿馬鹿しいやらで、頭がおかしくなりそうだった。
母は無表情でノロノロと席を立ち、すみませんでしたと、震える声で謝った。
本当のこと。
ベタベタのラーメン屋の床に這いつくばって、母は謝った。
母は、弟からこんなことを言われたそうだ。
『いつもお姉さんを憎らしいと言っていた。拾ってきた子だから、いつかは孤児院に入れる。』としょっちゅう言っていたと。
それを謝るどころか、二人で結託し、嘘をついていると言った。ああ、もう、それはいい。
母は、今、また、父の介護でストレスがかかって、私に怒鳴り散らす。私ばかりか、ダダにも。もう二度とやめて欲しい、昔と同じ怒鳴り声。
父の腫瘍マーカーは標準値の10倍。それはそれは具合いが悪いだろう。その父に、寝てばかりいて!何を作っても食べない!!また粗相をして!いい加減にして!!と、怒鳴り散らす。
頼むから、お願いだから、やめてくれ。
ダダが、「じいじがかわいそうだ、ばあばは、冷たい。」と言った。
言い訳をくどくどと言い始める。聞きたくない。意味不明。私はそれを遮って、思わず静かにこう言った…。誰かが乗り移った様な、自分でも恐ろしいような声だった。
「謝れ。」
母は土下座した。
その後、言い訳を繰り返す汚い老婆の口。
弟が、母を支えるのは無理と言った。九州から電話をかけて励ましていたが、もうそれも、無理と言ったそうだ。
昨日、父が緊急で受診を勧められて、行った病院。
何を持って行ったら良いかと電話で、聞かれたので、そのまま入院になっても良いように準備して心づもりしていくと良いかも、と私は言った。
すると
『そんな人を脅かすようなことをぬけぬけと!!あなたは意地悪!!!入院なんて、そんなひどいことを!!』
と、騒ぎ始めた。
でも、診察の結果入院だった。
当たり前。
私は、これからどうなるのか分かっている。浮腫が出て腹水が溜まる。床ずれが起きる。痛みが出て、モルヒネを使う様になるが、薬の相性があり、大変。骨に転移したら、放射線で痛みを取る。自宅で点滴をするだろう。足がパンパンにむくみ、歩けなくなる。
乳がんだとそんなところ。
これから行く場所の地図を持って行くか、それともまるきりなんの情報もなく彷徨い、突然いろいろなことが起こってきて対処にあたふたするのか、どちらが良いかは、言わずもがなだ。
でも、母には教えない。
私は、自分を守るために。自分と家族を守るために。
私は聖人君子ではない。
~さて、診察。
医師からこれから起こる事の説明があった。私のさっき書いたこととほぼ同じ。
ところが、母はさっぱり聞いていなかったそうだ。もう一度教えてほしいと言われたが、私からは言わない…。
ダダも黙っていた。
そしてホスピスの話も出た。
でも今のコロナの関係で、一度入れたら、二度と会えませんと言われた。
診察が終わって、ホスピスをググッたダダの携帯を食い入るように覗き込む母。
『空きはあるのかしら?』
『ダダ、私わからないから、申し込んでくれる?』
その醜い猿のようなシワだらけの青白い老婆の横顔…。
まるでテレビ画面の様に不思議に感じた。
大病院のこの冷たく薄暗い待合室。響き渡る声。ガチャンと大きなドアを閉める無機質な音。大きなCTの不気味な機械。ストレッチャーで運ばれる人。点滴の匂い。白い服を着た看護師。白いサンダル。足早に歩く人たち。椅子に座った無表情の患者。カチカチとなるボールペンの音。名前を呼ばれ、立ち上がる人。
介護がいやで、夫を早くホスピスへ入れてしまおうと考える老婆。
父の前で平気で葬儀の相談をする人よ…。
これは現実なのか?
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