2019/07/31
寺の子鹿
暑い日の午後。寺の境内には鹿がいた。観光客用の餌を買って、私が歩き出すと、どんどん鹿たちは寄って来る。
グイグイ来る。
面白がってあげていたら、
出遅れた身体の小さな鹿が、視界に入った。
ふと顔を見ると、その鹿は片目が潰れていた。
強い雄鹿の角が刺さってしまったのか…。
まだ幼い姿の鹿。
喧嘩などではなく偶然の不運だろう。
不具の鹿。
他の観光客も、一瞬目を背ける。
私は、その子に、人参をあげようと、差し出すが、
角度によっては、餌が見えないのか、
ほかの鹿が横から食べてしまう。
「ね、そんなところにいないで、こっちにおいでよ。」
欲しそうにはしているが、他の大きな鹿の角が怖いのか…。
前には出てこない。
痛かったのだろう…。この傷。
その子が横を向く。
痛々しい潰れた目の傷はまだ完治してはいない。
首を撫でてやる。
しばらく側にいたが、輪の中から離れて行ってしまった。
遠くで、くーんと、小さく鳴いた。
大丈夫。そおっとしておいてあげよう。お腹が空けばまた来る。
この子はこの子なりに、きっと生きる術を学んでいくさ…。
鏡を見て悲しむことはないのだから。
そう、思い直してみたりする。
でも、
私の心の中の楽しい雰囲気は、一瞬で消えてしまった。
私は、自分のこの心の中にも、その不具の鹿が住んでいることを
思い出してしまったから…。
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