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自分の心配

毒母が、退院する父のケアを心配している。



『行政のひとに、私は腰が痛くて、フラフラするし、糖尿病も持っているから、お父さんを看られるか、わからないと、正直に言ってもいいよね。』


『ひとりでなんでもかんでもしなきゃいけないなんて事ないよね』


『頼めば全部行政がしてくれるよね』


と矢継ぎ早に聞いてきた。





『ガンのターミナルじゃ、歩けるし、排泄もできるし、食事も柔らかいものは食べられるから、別に普通の人と一緒じゃないの?もし痛みなどが出たら、医師に相談すればいいんだから』
と言ったら、
ガッカリしたようだった。



この人は、父の病ではなく、父の気持ちでもなく、自分が父の面倒を見るのが嫌なんだ。このひとのしているのは、自分の心配なんだ。


この状況が怖くて、逃げたいだけなんだ。


もし私が、自分の夫ならば、出来るだけのことをしてあげようと、必死になるだろう。


でも、毒母は、逃げたいのだなと、思った。出来ることなら誰かにしてほしいのだ。
私では埒があかないと思ったのか、そのあと弟に、相談して、
行政のひとに「弟が」相談してくれるように話をとりつけたようだ。

で、弟は、なにをどうやって相談したら良いかわからないと私に連絡してきた。

退院時に主治医にケアの方法を聞き、指示を仰いでできないことがあったら、行政に相談すべきと言った。
そんな事すら自分でできないのか。




つい最近までは、
「お父さんをしっかり見送って、しっかり最後まで誰にも迷惑をかけずに生きる」
と、鼻息荒く言っていたはず。なのに、この体たらくはなんなんだと、弟も言っていた。




私も、自分の時には、毒母のようにみっともない姿で逃げずに生き切れるように、今から覚悟をしておこう。
毒母は私には何も頼めない。自分でもわかっているだろう。

もう、呆れる。
滑稽でしかない。





私は、弟に確認した。

『ねえ、お母さんって、私が生まれた時すごくガッカリして、お父さんなんかやけ酒飲みに行ったって言ってたよね』

『ああ、言ってた。』

『私は、20年薬を飲んで生きているんだよ。人生を返してほしいよ。』

『わかるよ』


この家の人たちょは本当にわかっているのかね?
私の苦しみが。


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自分の振る舞いには責任を持て

毒母は、狼狽ている。
愛息(笑)が九州へ帰るそうだ。
私は、悪いけれど、もう堪忍袋の尾が切れたのだよ。



産まれて初めて怒った。
さぞかし怖いだろう。自分でも自分が怖い。
このマグマの様な怒りはなんだろう。
毒母と弟が結託し、私の悪口を言い放題に言っていた事は知っている。私がいないときには愉快そうな場も、私の出現によってシラッと嘲る様な雰囲気になる。
今までは、それを見なかったフリをしていただけ。



我慢していたら、どんどんエスカレートしていった。この何年も。いや何十年も。
ざけんなよ。




今、弟から電話があった。




今日九州に帰るから。
あ、そう。


で、これからお姉さんは、お見舞いに行く?
知らない。



そうだよね、コロナでわかんないよね。
…。



俺さ、何かあったら帰ってくるから。
…。


じゃ。
はい。



じゃ、お姉さんも、体気をつけてね。
…。



何かあったら連絡してね。
はぁ。



(地球がびっくり返っても二度と連絡はしないわよ。もう二度と。馬鹿にするのもいい加減にしなさいね。私を怒らせたら、後戻りはできない。)~心の声。




なんだかんだと、通りいっぺんの別れの挨拶を言っていたが、いつも私がそうやって元気でねとか、身体気をつけてねとか言っても途中で切られていたので、初めて私は、途中で切ってやった。
なめんなよ。





~~~~~~

昨日の経緯を記しておく。

昨日、息子の出た毒母からの電話では、緊急手術中なのできて欲しいと言っていたそうだ。が、言われた病院に電話をしたら、手術の予約表に父の名はないと言われ、ほかの病院かもしれないと、毒母の携帯にかけ直したら、携帯は家に置いてあるらしく、出なかった。

毒母の電話は、公衆電話からの電話だった。


仕方がないので、弟にかけたら、


「わかってるよ!!!今主治医と話したから!!忙しいから、切るから!!ったく!!」



と、切られた。




どこの病院かもわからない、でも父にだけは意識があるなら会いたい。それで電話をしたのに、うるさそうに電話を切った弟。お前に、父の急を知らせたわけじゃないんだよ。




そんなに忙しいのかね。

そんな仕事が大事なのかね。

もうこの後に及んでそんなに邪険にするならば、もうわかった。




そこまで嫌われてもすがりつくほどのお人好しではないんでね。


馬鹿にするのもいい加減にしろ。
もうこんな事が10年以上いや20年以上だ。
嫌いならそれで良い。

もう終わりだ。ここまで我慢しただけ良いと思え。
馬鹿にするな。


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死ね、馬鹿

毒母から、父が五十メートル歩いたと連絡が入った。



これからもよろしくと言われたので、
鬱で無理かもと言っておいた。




もう、20年精神科に行っているの。
私は、ドアをガンガン閉める音や、怒鳴り声が辛くて、家ではみんな穏やかにしてもらっているの。



「なんで?」




と聞く毒母。
小さい頃、酷かったでしょう、そういうの。
と言うと
『私、絶対そんなことしてない』
だって!!




馬鹿なの???



私はそのトラウマに苦しんでるんだよ。ずっと。




『こんな時に悪いけれど、お母さんが弟に電話したら、緊急以外では絶対連絡しないでと怒られたの。酷いよね。悲しかった…。』
いつもそうじゃんあの弟。



『なんであんなに冷たいんだろう?』
『甘やかして育てたからじゃないの?わがままし放題だったじゃん』





「悪いけれどあと私の人生も20年。だから、もうめんどくさいひととは縁を切ろうと思ってね。自分を犠牲にするのはもう充分やったから。
私、我慢に我慢を重ねていくけど、一回怒ったら絶対許さないのは知ってるよね。二度と復活はないから。
もう、これで終わりだから。
もう何回も会うことはないよね。ふふふ。
もう話し合う気もないわ。」

じゃ。
と言って切ってやった。




弟にかこつけて、言ったが、毒母、お前のこともそうだわ。

電話を置く前に、
『死ね、馬鹿』




と無意識に言ったのだが、それから少しして先方が切る音がしたから、
『死ね、馬鹿』は多分聞こえたと思う。


それでよし。
弟とうまくやってくれや!


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ここは、地獄家族

父が倒れた
末期の胃癌で緊急手術。


もう胃と膵臓が癒着していて、お腹の中はどこまでが癌でどこまでが正常細胞かわからないほどだったという。

胃は全摘。

もうかなり転移もしているだろう。85歳。仕方がない。
これは、相当具合が悪かっただろう。






病院の手術控え室には毒母と弟家族、私の家族皆集まった。
何故か、弟は私のことが相当不愉快らしく、

正面に座り、たまに私の顔を睨む様に不愉快そうに見ていた。
いやいや、私、あんたになんかしましたかね!?

毒母が差別をしならが育てた兄弟は必ずと言って良いほど不仲になると、聞いていますが、ああ、やっぱり…。
そして私が何かを言うと、どんな小さなことでも

『いや、そうじゃない。』

『それは違う』と否定ばかりで話にならない。






私は弟がどんなに私を嫌っているかよくわかった。

でも、実際弟とは、話を数年していないので、何が気に入らないのか謎。きっと毒母からの入れ知恵だろう。どうでも良い。五十を過ぎて、大の男が、社会人として礼儀を持って振る舞えないのは、本人の問題。兄弟であっても、最低限の礼儀はあろうかと思う。






手術が終わって、

『これから、余命どのくらいだとか、癌が転移してるだの、そんな話はやめようよ。もう悪いものは取っちゃったし、全部きれいになったよ。もう治っちゃうから大丈夫って言おうよ!』
と私が言ったら

『そんな白々しいことは言えないし、そんな嘘は絶対言っちゃいけない!!オカシイ!!!治らないって本人だってわかるだろ!!嘘は絶対ダメだ!!』

と大きな声で気色ばんだ。




~~癌患者の気持ちなんかわかってないんだな。弟よ。青いんだよ。お前。治るよ!!って嘘でも言うのは、嘘と分かっていても、本人には希望になるのだよ。私は、癌サバイバー。そんな嘘だって希望になるのだよ。いくら白々しかったとしても…。

免疫力だって上がる。実際手術が終わって、「癌が全部きれいに取れたし、治るよと」言ったらホッとした様な顔をしていた。



どうせ毒母の入れ知恵を間に受けて皆で結託しているのだろう。
でも九州に単身赴任のヤツはこれからなにも戦力にはならない。

毒母よ、お前の味方は、九州へ帰るぜ。
嫁の悪口は散々言っていたので、何もしてくれまい。

私は、他の人たちは、もうどうでも良い。




私は生きているうちに父の顔をひと目見られれば良いと
それだけだった。


毒母は、フラフラだ。演技なのか歩けないフリをする。
弟が母を私の家に泊まらせてくれという。



いやだ。



案の定、来た早々、やれ布団が寒いだの、電気毛布がないかだの、
枕元にお茶を置いてくれだの、うるさくて仕方がない。

皆、5時から、夜中の2時まで病院へいて、寝支度をして3時だ。
くたくたなのに。うるさくて仕方がない。

余計な話もしたくない。
顔も見たくないいし、面倒だ。
これからひとりでどうやって生きるのでしょうね。


一泊で実家に帰ってもらった。

毒母よ。
私しゃ、知らんよ。





父の手術だから私はこうして病院へ駆けつけて。
父の顔をみて手を握って、励ましたけれど

あなたの時は、行きませんから(笑)
家で死んでいても、ほっておきますので。残念!!

翌日、ICUから一般病棟へ移った父を再び皆で見舞った。





弟は、何故か手土産を私に持って来た。
馬鹿じゃやないの!?

後で謝らなきゃいけないことをするんじゃない。
言ったことは消えないんでね。

そんなことより、

『昨日は悪かったね』と謝れる方がよほど立派だ。
かっこ悪い生き方をしている人だなと思った。
私は、もう、何を言われても、一切の意見を言うのをやめようと思う。気配を消そう。

何を言っても否定されるもの。
奴らにあと、会うのは、数回だ。
でも、もう父とは、覚悟を決めてお別れしたので。





これで急変などあっても良い様に、私は覚悟をした。そう言うつもりで、会って来た。
あ、これって、不安のサンドバッグ。

みんな不安でストレスなので、弱いヤツを叩くってこと?!
それが一番合点がいく。



黙っているのが一番。もう絶対意見は言うまい。

口をきくまい。ただ黙って微笑んでいるのが良い。
そう、忘れてはいけない。



ここは、



地獄家族



だったのだもの。




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これからも、よろしくね、と言える無神経さ

毒母からの電話。このご時世である。何かあったかと、一応出る。

『こんにちは~。お久しぶり~。いやいや、なんでもないんだけどね、今日持病の薬をもらいに泌尿器科に行くんだけど、大丈夫かしら…。』
ああ、泌尿器科で出される抗うつ剤と、精神安定剤と、睡眠薬ね…あははは🤣💦
『高齢なので、処方箋だけ出してもらえないか?と、病院に電話してみたら?』
と言ったら、わかったという。




義母の様子はどうか?と聞かれたが、暮れにコレにうっかり引っかかって、義母の胃ろうの手術などの話をしたら、意味不明にキレやがって🤣(笑)怒鳴り始めたので、
『うーん、落ち着いたら話すね』
とお茶を濁した。


息子の就職活動はどうか?と聞かれたが、内定した会社など詳しく話して、あれこれ言うと、また、面倒なので、
『それも、決まったら連絡するから、大丈夫』
と、黙っていた。






先日、強烈な毒親育ちの方のブログを読んでいたら、『海外にいる時だけ、心が解放される』とあり、びっくりした。そのひとは何もかもうまくいかずに、日本を飛び出して海外に住んだ時の開放感をこう記述していた。『言葉が分からず、細かいニュアンスがわからない外国にいる方が気持ちが楽』『生粋の日本人なのに、日本に馴染めなくて辛いっス。』『外国人ばかりの職場の求人があったので、行く事にした。この日本でひとりも日本人のいない会社を探している。』『外国人とは動物的な感覚で友人になれる(笑)』




…私と全く同じ。ワタクシも同じ。『自分は、海外いると別人格』これはなんでなんだろう?と疑問だったが、そういう事なんですねー。



母国で楽に生きられる人は、いいなぁ、と思います。



海外いると、『日本で挫折して、、』という方が結構いらっしゃいます。分かる気がする。ホームを持たない、アウェイでしか伸び伸びできないなんて、悲しいですね。でも、そういうひともたくさんいるのです。


どこかで、怖いのでしょうね。ひとが。「私は絶対にしあわせになったらいけない」と、心の底に刷り込まれていますもの🤣🖐



でも、私は、この人生の大きな山を越えそうな気がする。大袈裟ですが。自分が落ち着いて、安定して生きられるつつある。それは、まわりの方たちのおかげです。

ブログでは自分を全開にしていても、大丈夫。これはもう、感動です。本当に感謝しています。私が何か言ったらまわりは非難轟々と、信じて生きてきました。





結局、もう、ヤツとは話すことはないという事。話が続かない(爆笑)ワタクシは毒母の呪縛が解けつつある。もう、あなた達を捨てることに罪悪感もない。お葬式も行かないかもしれません。それは、私の自由。自分の心を一番大事にする事にします。

昨年末に怒鳴られた時に、『これ以上のお付き合いは絶対無理』とはっきりと理解したので😃🖐✨~これは被虐待児の後遺症を持つ者には、とても難しいことなのです。私、自分に感動しています!すごい✨




虐待というのは、心が育たないまま人生を歩むという恐ろしい人生を歩むことをひとに強いることなのです。
何度も転んで、痛い思いをして、誰も助けてくれない、自分はひとり、という、「自己否定を礎」に人生が始まります。虐待された時だけで、問題は終わらないのです。大変なのはそのあと。






『じゃ、またね』
と、私が、言うと、なんと、
『今日持病の薬をもらいに泌尿器科に行くんだけど、病院って行っても大丈夫かしら…。』
と再び聞いた。
????
ヤバそう…👎


『○ちゃん(弟)と連絡はしているんだよね。じゃ、安心ね😃🖐✨』
と言ってから、私は、自分の携帯のアラームを鳴らした。

『あ、急ぎの連絡…。じゃね。』




『あ、あああ、お母さんね、馬鹿な事ばっかりあなたにして…、わかってるの、私が悪いって。でも、これからもよろしくね!!』




頭がオカシイ。
ごめんなさいね、じゃねーのかよ!🐿
バカなのかね…🤣



何度も何度もこういうことの繰り返し。これは、私の人生で乗り越えるべきテーマなのね(笑)!!許しても、どうせまた繰り返す。

暴力夫や、高利貸しから借金をしてギャンブルするヒモと同じ。そういうのって逃げられないんですよ。恐怖で。




わかります。いつか愛してくれると信じている、っていうか信じないといけない気がする(笑)逃げるのも恐怖なんですねーーー。
惚れた弱みで、お金を渡してしまう女はもういないのですよ。ふっ、残念だったね…。毒母よ。





大人は、自分の言動には責任を持てよ!


私も、降りかかった火の粉を、人のせいにばかりしないで、自分で払いのけよう。


でも今までは、払い除ける事に罪悪感を感じていた。自分さえガマンすれば世の中はうまく回って行くと信じていた。私の犠牲でうまく回っていくのはあの実家だけ。

世の中はもっと優しいって分かりかけてきた。




素敵な老後。それは、自分が作るものなのだ。ひとにやってもらうものじゃない。そのひとの生きてきた生き様が全て返ってくるのです。
借金を返す様なもの。お金がなかろうが何だろうが「人生の取立て屋」はやってくるんだねーーー。人生の取立て屋は、キツい。
自分のした事が自分に返ってくるという簡単な事が、予測できないのは、馬鹿者だ。




ワタクシは、白々しい程に華やかな声で、
『あ、もしもし~お元気でしたか~??お久しぶりぶりですぅ~』
と、エア電話。




それでも、
『ね、頼むね』
とたたみかける、毒母。




バカなのかね?(笑)
私は、どさくさを装い、返事をすることなく、電話を切った。




でもね、今の気持ち。いたってニュートラル。ザマあ!とも思わないし、罪悪感や恐怖もない。



ここが、進歩✨😃


あーーあ。
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プロフィール

ダリア

Author:ダリア
可愛くない私を、嫌々育てた母。仕事第一の父。そして溺愛された弟。病んでいく私。
ネグレクト、被虐待児のいく末です。

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