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ダイヤを一つ

立場のある人間関係が居心地が良いです。
雑多な関係ではなく、立場のある人間関係の中で生きることを、私は選んで生きています。

いつしか、そんな風に。


例えば、自分がお客で、相手が店員。
美容室、お買物、レストランなど…。



仕事の人間関係。
私がピアノの先生、相手は生徒とその保護者。



習い事。
乗馬インストラクターと生徒、ピアノの先生と生徒。



そういった場合、利害関係がはっきりしているし、上下関係もはっきりとしているので、面倒なマウンティングも、変な感情も混じりません。

美容室では、髪型や、美容のアドヴァイスを貰えばよいし、
習い事では、技術を教えて貰えばよい。
私にとって、困ったのは、横並びの関係。


例えば、合奏団で、指揮がいてピアノ伴奏がいて、歌う人が何十人…。
この横並びの何十人の中に入ると、自由だけれど、
面倒な色々が起こって来る。

面倒なのです。どこに怒りのスイッチがあるかわからない人間の集団。
中には人と比べてどっちが良いかで、幸せ度が決まる人種もいるでしょう。
空気を読んだり、面倒くさいことばかり…。

そんな中で苦労して、ストレスを溜めるのはやめました。

自分は、世渡りは下手なんです。それを認めていきます!
良いではないですか、それで。





最初から、立場が決まっていて、相手が先生、私は生徒、
もしくは、相手は、仕事、私はお客さん。
これが良い。

人とは、深く関わらない。



でも何より大事なのは自分を大事にして貰えるように、人と接することです。

コンビニでおにぎりを買ったら、笑顔でレジでお金を払う。
店員さんだって人間、笑顔の人には、何か話しかけたくなる時もあるでしょう。
『今日は、暑いですね…』
『本当に…外はもっと暑いですよ!』
『わあ…(笑)お気をつけて。ありがとうございました。』

こんな会話でも、黙ってお釣りを無愛想に渡されるよりも、少しだけしあわせ感が湧きます(笑)


美容室へも、お洒落して行きます。
『素敵なバッグですね…』
『これは、アンティークなんですよ…』



バッグフェチの私は、バッグの話…。相手は、仕事。

毒母のように『自慢しやがって』とは、ならない。
そういう美容師さんを選んでいますし。
で、会話も弾む。

これで良い。

こんな風に人に、大事に扱って貰えば、自分にも自信が湧いてきそうです。




ダメなのは、人の噂話をする人と関わること。そういう人の噂の次のターゲットは私になりますもの。
暇で、ストレスフルなママ友という、マウンティング社会。猿山のお猿(笑)
着ている服、クルマ、パートナーの収入、学歴、住んでる家などに興味のある人。
暇な人。


また数少ない友人も、元ピアノの先生や、薔薇の師匠、犬友など…。そして乗馬クラブで、知り合った方。馬の話、薔薇の話、ピアノの話をして帰ってくる。

忙しくて、しあわせな人と、あっさり付き合います

そういう人は、面倒が嫌いです。
逆に、暇な人は、トラブルが好き。ややこしいのが、好きなんです。







意地悪をしてくる人。これは、すぐに逃げます。私のしあわせを妬む毒母の使者です。絶対に、そばに置いてはいけないです。

ちょっとでも違和感があったら、離れます。敗者復活戦は無しにします。私は、人を見抜く力がないので、何か意地悪を感じたら、すぐ離れます。安全第一です。だから、すぐに人と仲良くならない事。



これは、普通の人は普通にできる事なのでしょうが、私は、ここまでくるのに、痛い思いをいっぱいして、ようやくできつつあります。。。
情けないですが、人と付き合うということを、自然にはできないのです。こういう決まりを作ってやるしかありませんでした。



「あの子の持ってる風船が欲しい🎈よーー」
~風船を持ってるアイツが憎らしい。ヨシ、手に入らないなら、いじめてしまえ!って言う人からはすぐに逃げて!


扱いが難しい邪気のこもった石をいっぱい持っているより、
小さくても、キラキラ光るダイヤがひとつかふたつあれば良い。
ダイヤが見つからなかったら、何も無い方が良い。
無理してニセモノを持つ必要はないです。

いつか見つかります。ダイヤモンド。
小さなカケラを見つける。
ダメ元で、見つけていれば、見つかるかもしれません…。
いつか。

孤独を選ぶって、そういうこと…。


毒母からの解毒は、『心のケアと工夫』のカテゴリーに書いていきます。
私独自の工夫ですけれども、一番大事な事を、思いつくままに書いていこうと思います。



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三十代の自分と今の自分

30代の自分は、なんでも自分でコントロールしようとする完璧主義者でした。問題が起こると、すぐに対処するという人でした。~これは神経症の人の特徴らしいです。

周りがどう動くかが全くわかっていませんでした。周りがなんとかしてくれる、周りが対処するなど考えたこともなかったのです。
まさにたった一人で生きているようでした。これは癌になって自分を追い詰めるまでやっていました。~なので癌は私にとって必要な事だったのかもしれません。

全て、自分のせい、自分が頑張ってなんとかする、自分さえ我慢すれば、という考えで、ギリギリまで自分を追い込んでいました。






50代の今は、物事は、色々なひとの事情で事は動いていくもので、全てを自分でコントロールするとなどできるはずがないという事がわかり、~遅すぎますね(笑)問題が起きても、しばらく様子を見ようという知恵がつきました。

すると、助けてくれる人が出てきたり、誤解が解けたり、自分がしゃしゃり出なくても、問題が収まっていく事がわかりました。周りをよく見て、必要な対処を自分のできる範囲でする、ということが少しずつできるようになってきました。

すると、今までは、雨が降る事さえも自分が悪いような気がしていた(笑)けれど、「仕方がない」「私のせいではない」という考えが出てきて、自分を追い込まなくなってきました。
自分ひとりでなんでも解決できるなんて事は、ないとわかりました。

これは、毒母に仕込まれた、「あんたがなんとかしてよ!!」というメッセージを振り切れたからです。私ばかりが頑張らなくても良いと、わかったんです。






それは、人付き合いにも影響がありました。

三十代では、例えは、人とお食事をするなどの場合、沈黙が恐ろしく、早口で喋りまくり、さぞかし相手を疲れさせたことでしょうと今は思います。

五十代の今は、不思議と、その沈黙があまり怖くなくなりました。だって私ひとりがどうにかしなきゃいけないわけじゃないのですから。話したい人が話せば良いのです。

でも、今でもこれは完全に克服できてはいません。







そんなに人をコントロールすることはできないと、ようやくわかったのです。
逆に人にコントロールされることもないのだと、わかってきました。






そして、三十代の自分は、人との距離が全くわからない人でした。
お付き合いの距離がわからなかったです。
そして、意地悪な人を見分ける事もできませんでした。
これは、過去形では完全に書けません。今でも勉強中です。

そして自分の失敗を絶対に許さないところもありました。
自分が失敗することは「世間が」許さないのであって、「社会が」許さないと、
きっとそこまで自分を追い込んでいました。

でも、誰も自分にそこまで求めてはいないのです。
自分に全ての責任を取らせようなどと考えている人などいない事がわかりました。




今までは自分がいけない自分がいけないと常に思っていたのが、今は、人がいけない時もあるんじゃない?って思うこともできるようになりました。

そして、人が怖いという事は、自分を追い込んでまで治そうとはしないで、「怖かったら怖いと思って良しとしよう」と思って自分を許そうと思っています。






では、なぜ、それらが解決してきたかというと、

孤独な海外性格と癌の闘病で、ひとの優しさに触れた事、

子育てをすることによって、自分も幼児時代をやり直せた事、

二十年続けてきたピアノ教室で、自分が役に立つという感覚を持てたという事、

様々な、心に関する本を読みあさり、二十年間ひとつずつ自分の人生に照らし合わせて来たこと、

ブログで、人生の出来事を思い出して何年も整理して文章にして書く事で、混沌としていた苦しみが整理されてきたこと、
そして、コメントなどをいただいて同じ思いをして苦労されている方がいらっしゃる事がわかり、自分に共感していただけた事、これは大きかったです。


ダメな自分をどんな時でも受け入れてくれて、私のわがままをそっくり受け入れてくれた主人の存在、

毒母の加齢です。私よりも、生物的に弱ってきた母の姿です。


今まで、バラバラに書いてきましたが、いま一度、それらを整理して書いていこうと思います。



自分の頭を整理して、ひとつひとつに感謝するつもりで…。






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退行睡眠

退行睡眠…。



私は、心をが落ち着かない時、YouTubeの環境音楽を聴くことがある。
十分で眠ってしまうので、よく利用しているのですが、
間違えて、退行睡眠というものを聞いてしまったのです。
最初は、リラックス、リラックス、細かく首を柔らかく、肩を柔らかく、と指示される。気持ちが良くてそのまま退行睡眠とは気がつかないで聞いていた。




そして、途中は割愛しますが、長い動画でした。

「次に10数えると、あなたの過去生が見えてきます」
という。
あら…。これはいつも聞いている環境音楽とは違う…、でも、そのまましてみようかな。


「あなたは今、心が落ち着く場所にいます。どんな場所ですか?」
私は、針葉樹の森の中の泉にいる。
いつもここにいるのだと思った。
そしてこれから、10数えると…。過去生。
何が見えたと思いますか?




私は5歳。ブルーのフリルや刺繍のたくさん入ったふんわりしたワンピースを着て、髪は巻いて大きなリボンが付いている。レースのペチコート、黒い革靴。
ここは、外国。
泉に映った少女は、美しかった。
そして、ここにしか心が落ち着く場所がないと感じた。



現実に今横たわる私は、大泣きしていた。
涙がどんどん溢れてきて、大声で泣いている。




「そして、あなたが何故死んだのかを思い出してください。」と、声がした。
すぐにわかった。





虐待死…。






あのね、こんなドレスを着ているけれど、見えないところは傷だらけなの。身体中が痛いし、悲しい。そして、もう心も体も弱って、今まさに生き絶える場面にいた。
このきれいな泉で。ひとりぼっちで。


そうして、安らかに、ああ、終わった…。よかった…と、微笑んで亡くなろうとしている。
何もわからず、恨みも、何もない。ただ、安らぎの中にいた。あまりにも小さくて、虐待などの、訳がわからなかったのだろう。


これは、夢なのかと思った。が、意識はしっかりとある。






「そしてその次に、美しい光の扉があります。その扉の前に立って、ゆっくり開けてみてください。そこにはあなたが、学ぶべき課題が示されています」


その啓示もはっきりと、わかりました。


「強くなること。親のせいにしないで、自分を生き抜く事。最後には自分と人を許すこと。」


自分でも驚くような明確な答えが躊躇なく出てきた。




私は光の中で、それを心に刻んで、現世に戻りました。
夢物語と、聞いてください。笑ってください。
でも、これは、びっくりしました。


この話を息子にしたら、息子は思うところがあるのか、涙を拭っていた。




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親代わりを見つける

「この人ならどうするだろう?」



何かあった時、私は、ある数名のひとを想像して、その人ならどうするか、考えます。
皆、私よりかなりの歳上。
他人を指針にしているのは、自分には、幼い頃、相談する大人がいなかったからだ。




野放しで育った。
こういう時はこんな風に振る舞いなさい、こういう風に立ち回りなさい、と、教えてもらったことなどない。教育は、されていないのだ…。




失敗をすると、「ザマアミロ、みっともないねーーー。どうすんの。。。??」と、それみたことかと、怒鳴られるだけ。失敗は格好の餌食。
失敗は隠すのが一番良いと、幼い頃から思ってきた。相談できる人がいるなんて、思ったこともなかった。
相談ができるなんて、思ったこともない。


でも、こんな歳でも迷うことはある。

なので、私は、最近、判断に迷う時、数人の方を想像する。
あの方ならどうするかなぁ…。


自然と、答えが出るものだ。
もう何年もお逢いしていない人。


それでも、私はその方々から、未だに道を示していただけるのです。

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孤独と共に

いやだと思うことは絶対しません。
なぜって、私は、今まで、いやだと思うことばかりしてきたからです。
自分の意思で選びとったものだけでいいのです。
そう思うのに、時間がかかりました。




でも、言い訳を用意しました。
「今まで我慢してきたでしょう。悲しくても泣けなかったでしょう。意地悪されても、蔑まれても、笑っていたでしょう。だから、自分ファーストで行こう!」






もう、50も半ば。良いではないですか。
ひとにご迷惑をかけなければ。
自分を一番大事にして生きましょう。
それを、いけないと思わないこと。




「でも、そんなわがままが通るわけがないでしょう!!!自分勝手なんだから!!こんな嫌な子、大嫌い!!!」
と叫ぶ人を、小さな籠に押し込んで水に沈める。






あなたが私に強いた一番の困ったメッセージは
『弱くあれ』
というものです。
頼りなく、自信がなく、暗く、弱い子供ほど御しやすいものです。
「意思を持つな」「弱くあれ」
あなたの思いのまま。
でも、もう、そこから逃げるのです。



そこで、あの言い訳を、唱えるのです。
「今まで我慢してきたでしょう。悲しくても泣けなかったでしょう。意地悪されても、蔑まれても、笑っていたでしょう。だから、自分ファーストで行こう!」





食べたいものを食べるのです。
行きたいところへ行くのです。
そして、ひとを恐ろしがって生きるなら、ひとりを選びましょう!
自分のペースで行きましょう。
だって、もう人生もあと少しよ。
ひとの顔色を伺っている時間はないのです。






私はひとに嫌われてもいい。
私だって、嫌いな人のことは、嫌ってもいいのです。


「今まで我慢してきたでしょう。悲しくても泣けなかったでしょう。意地悪されても、蔑まれても、笑っていたでしょう。だから、自分ファーストで行こう!」






毒親は、先のことなんて考えなかった。私は、先のことばかり考えて恐ろしがって生きてきた。でも、先のことをしっかりと考えて生きている方がよっぽどよく生きることができる。

毒親は、感情のままに生きてきた。私は、感情を殺すことができる。私の方がよほど世の中では、使い道がありそうよ。

弱い毒親は寂しくて仕方がない。私は、強い。もう寂しくはない。

あなたの人生の坂を下りきったところに、何があった?70を超えるあなたの人生、かっこ悪い。

孤独、老いていく身体。全ての人を切ってしまったあなたのことを思い出すひとはいない。サンドバッグももうないわよ。
私は、サンドバッグなんかなくても生きていける。あははは。私は、おかげさまででひとに頼らなくても寂しくないの。





私の人生の邪魔は、もうさせない。





あなたが歩けなくなっても、お茶一杯だって取って来る気はありません。
『あんたには、足を付けて産んでやったんだから!!!』
と、よく言ってましたね。

幼い私は、水が飲みたければ自分で、コップに水を汲んで飲む。こぼしただの、遅いだの、汚いだの、なんだのってぎゃーぎゃー叫ぶ毒親よ。幼い頃からなにかをするということは常に恐怖だった。
なにもしたくない、と、思った。





私は、どんな時も、自分を一番軽んじてきた。それが一番心地よかったからだ。あなたに嫉妬されないように。
あなたに、お茶を入れてくれなどと、頼んだことは、ただの一回もない。どこへ行っても、荷物だって、全部私が持ったでしょう。あなたは、親ではない。
あなたは、私の見てきた中で、一番頭の悪いひと。





私は、孤独を味方にした。
孤独を味方につけたひとは強いのです。

あなたは、精神病者。子供を産むなんてね、できるはずがなかった。



あなたよりも、私は上。
そう思うことです。


あなたよりも私も方が上。当たり前でしょ。
少なくとも、私は、ひとの心を壊すまで痛めつけたことはない。


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プロフィール

ダリア

Author:ダリア
可愛くない私を、嫌々育てた母。仕事第一の父。そして溺愛された弟。病んでいく私。
ネグレクト、被虐待児のいく末です。

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