fc2ブログ

不思議な感覚

私には今、不思議な感覚がある。

父の納骨が終わり、これで母とは会う事はない。弟は、遠くにおり、あの実家は消えた。


真っ黒い雲が一気に風に散って太陽が見える。






キラキラした光は、人生で初めて見る景色。










母とまともに付き合ったひとはこの世で私しかいないと思う。私は頭がおかしくなるくらい耐えてきた。母には、共感できるひとはもう誰もいない。けれども、私はもう自分の人生を犠牲にする必要などないのだ。


そして、言いたいことも全て正直に言った。






そして、父との誤解が解けて、父が世を去った。


父は、ほとんど家にいなかった。逃げていたのかなぁ…。母から。そしてまさか、虐待などがあるとは思ってもみなかったのだろう、そして、母が私を悪く言うのを鵜呑みにしていた時もあったのだろうと、思う…。


でも、最期の時を過ごす事で、私のことをわかってくれたと、私は思う。


さ、これで、お終い。


自分の大きな仕事が終わったような気がするのだ。なんだかわからないけれど。






納骨の日、弟のクルマから降りてきた母。


『お久しぶりでございます💢』と、私に切り口上でのあいさつ😳


『あ、こんにちは😃』私。


『あ、あ、〇〇ちゃん(私の息子)、元気だったァ~😃😃😃』嬉しそうに、笑顔の母。


すると、息子は、『あ、こんにちは。』と極めて儀礼的に目も合わせずに頭を下げて挨拶をした。母の顔に絶望感が広がる。母が喜びで息子に出した手を思わずひっこめた。


その時、母は、私のことを睨みつけた。「あなたの洗脳で、〇〇ちゃん(息子)まで私に冷たくするのね!」と言う感じだ。


いやいやいや違うのよ。あなたの父への看病の様子や、周りへの冷たさに息子もあなたを見切ったのだ。


父の兄弟が、「せめて最期に父に逢いたい」と泣きながら電話で言ったのにも関わらず、遠慮してくれと、なぜか言い切った母。「横須賀から、来るのは大変だから」というのが理由だそうだが、それを聞いた息子が、母に意見をしたのも、覚えていないのか…。


『ばあばは、あまりにも酷いよ。横須賀のおじちゃんの申し出をなんでそこまで断るの?!』と息子は言っていたでしょう…。


『いや、叔父ちゃんだって癌で動けないんだよ。迷惑じゃない。』


『何が迷惑なんだよ!先方が逢いたいって言ってるんだから!なんでばあばが断ったの?!』


息子は、怒っていた。


彼は皆に聞こえないように母を別室に呼んで、母に意見を言ったのだ。知っているよ、息子の声が泣き声だったのを…。


私はふすまの陰から黙って聞いていた。父だって聞いていただろう。






そういう人には、そういう人生の最後が来る。絶対に、してはいけないことをしてきた人は、そういう老後が待っているのだ。仕方ない、そこで学んでください…ということです。










そういう小さなことが、重なって、今の孤独があるのだ。


美味しいものを一緒に食べに行ってくれるひともいない。


母が悪口を言っていない人はいない。この世で会った全ての人の悪口を言って生きてきた。






もう、会うことはないでしょう。私には、これで人生やり切った感が、なんだかある。


これはどうしたことでしょう。






ピアノのお教室も、私が、親子関係で色々苦労してきたからこそ、わかることも多かったですし、様々な問題を抱える親子の関係もそこでも見てきました。多くのことを学べました。あの仕事は、自分の学びでした。
そして、コロナで、お教室も、長いお休み。これも、終わりになる気がする。



息子の就職も決まった。


ダダの仕事もひと区切り。






何故か、一気に色々なことが片付いて、人生が、終わったかのような錯覚さえする。


錯覚?いや、本当に、緑に森の奥から「dolceさん、これでお終わりました。お疲れ様」と、言う声が聞こえてくるかのような気さえする。






なんだろう、この感じ。










人生の山登り…。暗い森の中を必死で登ってきた。でも、今、ここに来て、急に大きく開けた場所に出て、キラキラした強い光に照らされて、私は、戸惑っている。


ここは、もう頂上なのか…?


今、次の登り道が見つからない。


いや、先は、もう下り坂なのか…。






苦しみから解放された不思議さ。


ひとりで、ぼんやりと、山に立っている様な気持ちがする。


この慣れない開放感にとても戸惑っているのだ…。






私は、これから、自分の心の中との葛藤ではなく、他のことに力を使おうかなぁ…。






わからないけれど…、人生が、違う方向へ変わっていくのかなぁ、と、感じる。



















よろしければクリックお願いします

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アダルトチルドレンへにほんブログ村アダルトチルドレン

にほんブログ村 家族ブログ 児童虐待・幼児虐待へにほんブログ村児童虐待・幼児虐待


川魚と鹿



山の緑は日に日に濃くなってきている。強い日差しに生き生きと緑が膨らんでいく。
母は、弟に一切連絡をせずに、弟はイラついている。8月中に、施設を決めて母を入れるからと言っていたが、思うようにはなるまいと私は思っていた。
老婆は、躁鬱ではなく、アルツハイマーでもなく、診断的には『普通』なのだから。「自立の生活もできます」と、主治医が面接で余計なことを言ったばかりに、母は家で一人暮らしをすると言い始めた。
うまくいっていた弟と母は、険悪になりつつある…。結婚してから、うちにほとんど寄り付かず、大人になってから初めてまともに母親と対峙した弟は、蓋を開けてみたらあまりにも理不尽なことを言う母親にイラついているのだ。
ね、弟よ、私の苦労がわかったでしょう。
あのひとは「竹を折ったような」ひと🤣🌀💦
施設に入るのが嫌でひねくれて、連絡をしてこない。まるで、幼児だ。でもそれはヤツの常套手段なのよ。そして、入院中なので、こちらからは連絡ができないのだ。病院が事情を汲んでくれて三ヶ月入院させてくれるそうだが、期限までに決まるとは思えない。


でも、そうなれば、その精神科にずっと入院なのに…。
半沢直樹、私は見ていないけれど、番組宣伝のCMで『倍返しだ』といっているのを聞くたび、私は、心が曇る。
私は、幼い頃から『100倍にして返してやる』って常時言われていました(笑)「人間っていうのは恐ろしい」と、魂の奥深くにしっかりと釘を刺されて生きてきました。でもね、やったことが100倍になって返って来たのはなんと老婆自身だったという…。人生って恐ろしい。
この浮世に半世紀生きていますけれど、みんな、ちゃんと謝れば、許してくれます。仕返しをするひとなんかに会ったことありません(笑)
私があの老婆に仕返し?しません。そんな価値もない。彼女は充分裁かれています。神さまが裁いています。
大雨の中、息子が傘をさしかける。階段で、腕にすがりつこうとした老婆の手を息子は、振り払った…。
なんということ。








林を分けて入った小川の汚いにごり水に、2匹の川魚の黒い影がある。神経質で、臆病そうに川底を泳ぐ暗い岩陰に住んでいる川魚たち。


枯れ葉がぽちゃりと落ちただけで、大騒ぎになってしまうほど、川魚たちは、臆病だった。
その川に、春になって久しぶりに大きな鹿がやってきてチャポンと顔を突っ込んだら、みんな驚いた。
大きな鹿はただ喉が乾いただけ。水を飲みにやってきただけなのだ。
川魚をとろうなんて、考えてもいなかった。






川魚たちは声を殺して相談する。アイツは、勝手気ままで、なにをしでかすか、わかったものではない。この静かな水辺をかき回す。そうして、知らん顔して去って行く。礼儀知らずだ。そんな権利がどこにあるんだ。どうにか、ここにアイツが来ない方法はないか…。
猟師に相談して、撃ってもらおう。いや、猟師は信用できない。漁師のやつだって俺たちを、捕まえて食ってしまうかもしれない。


じゃ、良い考えがある。
鹿のヤツがこの水が飲めないようにしてやろう。上の流れを堰き止めるんだ。
それは。いい案だ。
熊に頼んで、川の水を堰き止めた。








川は干上がり、鹿は二度と来なくなった。
けれども、魚どもも、居場所がない。濁った川はいよいよ暗く、沼のようになった。落ち葉が腐り、饐えた(すえた)澱の淀んだ泥の溜り水になった。
すると、2匹は、大きな喧嘩を始めた。
何故、水が来ないんだ!熊のやつめ、やりすぎだ。
俺たちの居場所がないじゃないか。
こんな暗いぬかるみじゃ、ヌルヌルして住めやしないじゃないか。
誰が熊なんかに頼んだのだ。








いや、鹿が…、鹿が悪いのだ…。
そうか、無神経な鹿のヤツ…。








鹿は、もうその淀みには近づかない。山の奥に行けば、美しい静かな場所があるよ、と、野ウサギさんに聞いたからだ。
「奥にはもっときれいな泉があるよ。
鹿さん、あなたは、もう、あそこへ行く必要はないんですよ。
さあ、こっちへ。どうぞ。」






「鹿さんのお父様はお星さまになられますよ。
これからは、いつでもお空にいらっしゃいます。どこにいても会えるん


そこは、きれいな水がこんこんと湧き出ていて、
泉の向こうには良い香りの大きな山百合が
むせるようにいくつもいくつも咲いていたそうです。

よろしければクリックお願いします

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アダルトチルドレンへにほんブログ村アダルトチルドレン

にほんブログ村 家族ブログ 児童虐待・幼児虐待へにほんブログ村児童虐待・幼児虐待


ついに、私は虐待サバイバー

『「虐待後」を生きる ~癒えない“心の傷”~』というドキュメンタリーがNHKで放送されたことがあります。

まず、虐待とは親子関係のこじれとか、親子喧嘩のエスカレートしたものではなく、レイプに近いと私は思います。






私は、実際レイプをされた経験はないので、これも想像ですけれど…。


レイプ被害者に、


  『もう過去のことでしょう。もう引きずらないで、前を向いて忘れましょうよ。』
『先方にも何か事情もあったのでしょう、犯人を許すことで手放すこともできますよ。』


と、言える人は極めて極めて少数だろうと私は思います。







未来は過去の延長上にあります。
「許す」という事は、 被害者にとっては「自分の魂の死」と引き換えです。



人間であれば、それが一生ついて回るほどの恐怖と、魂の殺人に等しい苦しみと、著しい恐怖や心の痛み。そして、そんな忌まわしい何かを、心の中で、整理するという難題を抱えて苦しむだろうというのは容易に想像できます。心を整理できないひともいるでしょう。一生無理なひとだっているでしょう。苦しみで自ら命を断つひともいるでしょう。
虐待もレイプと同じです。されたことも苦しみですが、その後の地獄があるのです。


子供は親がいなければ生きていけない。非力な子供は生きる術がない。親を信頼したい。愛されていると思いたい。いや私が悪い子供であるからこんなに親を苦しめるのだ。申し訳ない、自分ってなんて嫌な人間なのだろう。母がかわいそうだ。自分さえいなければ…。




自分ってなんて汚くて、自分勝手で、嫌な子供なのだろう、と、そういうセルフイメージを小さな時代に心に刻みつけて、生きる為に親に迎合して生きるしかないのです。だから被虐待児は親に取り入る。親のサンドバッグになりながらも、『私の親は素晴らしい』と思い込んで生きる。







私も、本気でこう思って必死でやってきました。








数年間に大きく報道された、字が書ける様になったばかりの故 船戸結愛ちゃんの親への手紙


『ママ もうパパとママにいわれなくても






しっかりじぶんから きょうよりか






あしたはもっともっと できるようにするか






もうおねがい ゆるして ゆるしてください






おねがいします






ほんとうにもう おなじことはしません ゆるして






きのうまでぜんぜんできてなかったこと






これまでまいにちやってきたことを なおします






これまでどんだけあほみたいにあそんだか






あそぶってあほみたいだからやめる






もうぜったいぜったい やらないからね






ぜったい やくそくします』


この手紙に全てが書いてあります。平易な文の中に、なんとか親の機嫌をとらねば生きられぬ必死さ。親の気に入る自分になる事への必死さ。自己否定。ありもしない愛情を求める悲しさが、痛いほど詰め込まれています。


自分らしく生きる事を否定されて生きる事を、骨の髄まで強要されているのでしょう。





その後、彼女は殺されました。




しかし、かわいそうに世間の関心はここで終わる…。
問題は、ここです。普通の方は、ここで終わりと思うのです。


彼女は亡くなってしまったけれど、生きていたら、悲劇はこれからです。虐待後。この自意識の低さ、自己肯定感のなさで、自分が嫌いで、「嫌われて当たり前の嫌な自分」という強烈な自己イメージ。これと一生闘う。非常に苦しい人生になる。精神医療の助けが必要です。


私も、母の「心の面倒」を幼少時から命がけでみてきました。(機能不全家庭の立場の逆転と言う)
幼い私は親で母は最後まで幼児でした。親子と思えたことは一回もない。母の心の面倒…。ストレスの吐け口になり、サンドバッグとして使われる。暴言を耐える。意味のわからぬ叫び声の説教に口答えも許されず耐える。謝る。機嫌をとる。道化の様なことを言って気持ちをそらす。


「アンタなんか死んじゃって」と言われて、迷惑だから死にたいけれど、どうやって死ぬのか見当もつかなかったあの頃。死ぬという意味も分からなかったです。




でも、滑稽なことに親が大好きだった。~被虐待児はそう思うことが生きる術です。一種の洗脳です。






話をしていて誤解があるかな、と、何度か思ったので、参考程度に、気が向いたら読んでみてくださいね。


そしてふたつ目。私の心にあるのは憎しみや恨みではないんです。


被虐待児の苦しみは、恨みや嫌悪ではなく、自分との闘いです。
私達の気持ちは、「母さえいなければ…。母が憎い、大嫌い、恨んでやる。恨みを晴らしたい」…残念ながら、そんな、簡単なことではないのです。




被害者は長じて、問題は自らに内在化し、親は関係なく、もはや「自分の問題」となってくる。生きるのが精一杯で、親へのくだらぬ恨みの気持ちよりも「自分の心の葛藤と闘うことで、消耗しクタクタに疲れ果ててしまう。」酷いひとは、親の怒鳴り声の幻聴に悩まされるという。



それを親のせいではなく、自分が悪いと、自分を責めて生きるのです。




私も、親と住んでいた頃、そうでした。身体中に原因不明の湿疹もありました。幼い頃からずっと治りませんでしたが、大学へ進み親と別居をしたら、一ヶ月で跡形もなく完治でした(笑)


そして自分の大きな声で名前を呼ばれると鳥肌が立つという習慣?癖?なんだろう、そんなことに悩まされていました。







ブルースウィルスの「キッド」という映画…。



あの赤い飛行機の…。
学校で、虐められて以来、自分に自信のない初老の嫌われ者の独身男性、ひとりぼっちの主人公。夢を諦めたパッとしない人生に絶望していた。が、ふとしたことで、幼い頃に戻り、昔の虐めっ子に再び挑戦する。その惨めだった場面に戻って、いじめっ子ときちんと対峙し、ちゃんと喧嘩ができて、言いたいことを言い、やり返す。



そして再び現在に戻る。すると、なんと未来には、欲しかった赤いセスナに乗り、犬を飼い、伴侶を得て、素晴らしい人生を歩く「強い自分」になれていたのだ。だいたいこんな筋だったと思う。






私もこれをやったのです。






私が母を蹴ったのは、「自分の強さを自分で感じたかったから。」「弱い自分でいたくなかったから。」自分はもう、泣いてばかりの暗闇で膝を抱えた少女ではなく、お日様の下で堂々と意見をし、必要であれば、力も強く、自分はやっていけると自分に示したかったから。


プリミティブな方法が、一番です。


蹴る…。


産まれて初めてやり返しました。やってみたら、母は天地がひっくり返るくらい驚いていました。絶対に怒らないだろうと思っていた人が、暴力を振るったのですからそれはびっくりでしょう。


「私だって、強いのよ!!」


「私だって、負けないわよ!!」


って、思いました…。母は言葉ではわからないのかもしれません。ああ、非常に残念な人。






では、恨んでいないならば、なぜ、もう母と会えないのか?「それは恨みではないか、不仲ではないか。」と思うかもしれなません。


その理由は、簡単。自分を守るためです。もうこれ以上、あの人に甘えられるのは無理です。


もう、お付き合いはもう一切遠慮したい(笑)










最初に出したNHKのドキュメンタリーの最後は、こんなコメントで締めくくられていました。
『私たちは「虐待の現場」をなんとかしなくてはという認識しかありませんでしたが、その後に被害者がこんなに苦しむということは社会には認知されていません。虐待が増えている昨今、その後のフォローにもっとマンパワーとお金を使って行かないと、こういうひとの受け皿がない。虐待は増えている。これからこの様な虐待その後を生きるひとのサポートを考えていかねばならないと、今日初めて思った。」
正確ではないけれど、だいたいこんなことだったと思う。






私は、幼児期の記憶が断片的にないのです。人の脳は恐怖や限度を超えた体験を記憶から消すというすごい能力があるのだそうですね。
特に、身体的な虐待の記憶は切れ切れの場面しか記憶がありません。



今思うと、私は母を「親」と思ったこともありませんでした。「家族」と思った感覚もありません。意味不明で、いつ怒り出すかわからない「危険なモノ」という感覚でした。


ありがたい事に、親に愛されたいという願望は、父によって最後の最期に解決してもらうことができました。父が最期に命をかけて私を愛してくれました。今は、ここには、書けないけれど、私には父に深く愛されていたという事がはっきりわかりました。


私は、もう母の今後にも興味はありません。心配もありません。どうしているかな?なんて、思いません。多分将来も思わないと思います。


残りの人生は自分のために生きていきます。


家族の問題はケースバイケースで、一括りに話すことはできませんが、苦しみの中生きていらっしゃる方からもここにコメントをいただくことも、多くなりました。


よろしければ、ご覧になってください。同じ境遇の方はたくさんいます。
あなただけではないのです。ひとりぼっちじゃありません。






私は、癌サバイバー、であり、さらに虐待サバイバーにもなっちゃった(笑)✨
これから、トラウマが吹き出さない様に、気をつけて生きていきます。






この苦しみが終わる時が来るなんて、
まるで、夢のようです
✨✨✨✨✨✨








よろしければクリックお願いします

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アダルトチルドレンへにほんブログ村アダルトチルドレン

にほんブログ村 家族ブログ 児童虐待・幼児虐待へにほんブログ村児童虐待・幼児虐待


爬虫類

母は謎でした。

幼い頃から、食べ物も、一緒に食べると美味しいと思えず、いつ何を怒り出すかわからないので、私は、恐怖でお腹が空いたという感覚がわかりませんでした。


美味しいという感覚も分かりませんでした。


食べたいという感覚も分かりませんでした。


悲しいも、愉しいも、最後には怖いも分からなくなっていました。


心を封印しないと一緒にいられないのです。






常に、謎でした。






今の気持ちを、誤解を恐れず言うならば、


「何を考えているのかさっぱりわからない気味の悪い爬虫類を仕方がなく飼っていたが、それをもらってくださる奇特な方がいらして、譲ってホッとした」という感覚です(笑)


その爬虫類には、愛着もあまりなく、っていうか、無く(笑)一応「生き物」なので世話していたが、なんだか、やたらと噛みつくし、攻撃してくるし、心は通じないしで、気味が悪いが、飼っていたという感覚です。






所謂、「機能不全家庭」というのは、悲しいかな、そういうものなのかもしれません。


大事な人生の先輩から、心を込めたアドバイスをいただき、「うん、それもありかな」と、色々考え、自分なりに、母の良いところを探す作業もしてみようかと思いましたが…、爬虫類の森に再び踏み込むと私自身のトラウマが湧き出してしまい、具合が悪くなりそうなので、今は、まだやめる事にしました✨






もう、静かに蓋をして二度と開けないで、そのうち朽ちるのを、遠くから…、


いやいやいや、もう見ないで、おこうかな…(笑)


でも、みなさまからの心温まるコメントや、アドバイスに感謝でいっぱいです。いつでも視野は広く、そして、柔らかい心でいたいとおもっております🌼✨






これからは、父のお墓にだけはきちんとお参りして、感謝を忘れないでいこうと思います。納骨の日には、カサブランカをひと抱え、持っていこうと、思っております。


インドのヴァラナシで見つけたお香を焚いてあげようと思っています。ガンジス川に流れる遺体を弔うヴァラナシの「街のお香」だそうです。










そして、もう、私は、母の心のサンドバッグ役は終わりにできる、あと少し…。








今日、畑に行ったら、ひまわりが


こんなに…。




みんなかわいい。
よろしければクリックお願いします

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アダルトチルドレンへにほんブログ村アダルトチルドレン

にほんブログ村 家族ブログ 児童虐待・幼児虐待へにほんブログ村児童虐待・幼児虐待


閉鎖病棟へ

母は、受診の翌日、精神科へ入院が決まった。攻撃性が強く、なんらかの大きな精神の病の可能性が高いという。認知機能に問題はないという。計算も、そのほか色々も全く問題ないという。





演技だったのだ…。








が、それまで、私の家に1泊、預かる事になった。








アルツハイマーではないとの診断に母は、何故かご機嫌で家にやってきた。
『来たよ~!』




は?










もう、これまでの私達の苦しみや父を亡くした悲しみなど、すっかり忘れたその笑顔。






夕食後、私は母に、こう言った。





「幼い頃、「ああ、昨日はdolceを叩き過ぎちゃって手が痛いわ」と近所のおばさんに言っていたあなたは、これからどんな死に方をするんでしょうね。
逆に考えたら、そんな悲しい事さえしなければ、人生ってしあわせに生きれるんだって、すごく勇気が湧いたわ。そんなの簡単だもの。」




こう言ったけれど、すっとぼける毒母。




『あなたは嘘つきだったから。昔から。おかしかったから。』




と私に言った。ヌケヌケと。








さすがに、もう、冷静ではいられなかった。、心の中の事を全部言ってやった。最後は怒鳴り声になっていた。全て聞いた後に、母は、


「一生懸命育てたつもりだけれど、育て方を、間違えました。すみませんでした。」


と、言った。大根役者のセリフのようだった。


そう言い終わって、膝を崩そうとした母を、私は、咄嗟に、思い切り足で蹴ったのだ…。




なんということ…。




部屋の外で息子が止めようとしている声がする。




でもダダが、言っている。


『怒りを全部出させて楽にさせてやろう。止めたら、かあたんがかわいそうだ。やらせよう。かあたんの気持ちが大事だ。』




私は、何回か思い切り母を蹴った。
泣かない母。
泣かないんだ。


そのうち、なんとも、馬鹿らしくなった。





馬鹿みたい…。




『私はもうあなたに名前を呼ばれるのが嫌だから名前を変えたの。お父さんは悲しむと思うから黙っていたの。もう私は〇〇じゃないから。』


『なんて名前なの?』


『教える気はない。あなたにはもう呼ばれたくないから。』






「さ、病院へ行くよ。時間だよ。」

ダダの声がした。




外は大雨だった。
母は、名残惜しそうに私の家を見渡していたが、私は、

『もう、二度と来ないで!』
と、叫んでいた。喉が枯れるほど…。








自分の非情さに、自分で驚いた。でも母は平然と帰って行った。
息子が傘を差し掛けて母に付き添う。








雨の朝。








忘れていったのか、布団の横にバッグがあり、中には、封の切っていないお札の束がいくつか入っていた。まだ隠していたのか…。
ああ、また相続の書類を書き直さなきゃならないじゃないの…。
お金…。こんなものは、人生の最後にはなんの役にも立たぬ紙切れだ。






人生で一番大事なものに、値札はついていないんでね。


















実家へダダが送ると、母は、待っていた弟に、昔、五十五年前に、虐待はあったのか?と聞いたそうだ。
『ひどい言葉の虐待と、暴力と両方あった。お姉さんにだけ。僕はされていない。』
と答えたそうだ。
母は、そんな事、ありえないと首をひねったそうだ。




ああ、疲れた。もう、早く何処かへ消えて。


もう、二度と絶対そばに来ないで!








弟が、安い施設を見つけて、そこに入れる様に話を進めている。そこへ入れるまでは、精神病院に入院。しかも閉鎖病棟だそうだ。






私は、朝、母が帰ると、眠ってしまった。
起きたら、もう夕方だった。




とてもぐっすり眠れました。
起きたら、
息が深くなり、お腹の底まで空気が入る気がする。
今までは、呼吸が胸でつかえていたのか、わかりませんが、呼吸が深く、なんだか、今までと感じがする…。




心の傷ってこんななんだ。ここまでなんだ、と愕然とした。




あと少し…あと少しで全てが終わる。
落ち着け、と、自分に言い聞かせる…🦋

よろしければクリックお願いします

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アダルトチルドレンへにほんブログ村アダルトチルドレン

にほんブログ村 家族ブログ 児童虐待・幼児虐待へにほんブログ村児童虐待・幼児虐待


プロフィール

ダリア

Author:ダリア
可愛くない私を、嫌々育てた母。仕事第一の父。そして溺愛された弟。病んでいく私。
ネグレクト、被虐待児のいく末です。

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR